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十八史略の人物学より13

とある日本の総理大臣は「総理になると、三つのものが見えなくなる」と言っている。 第一に「金」である。総理は職権で存分に金が使えるから、金の価値がわからなくなる。 第二に「人」である。しらずしらずのうちに取り巻きができて、 総理の耳にさからう情報は入ってこなくなる。 第三に「国民の顔」がどちらを向いているのかわからなくなる。 そして「この三つめがわからなくなったときに、総理大臣はのたれ死にする」と言いきっている。 それを予防するためには「すぐれたジャーナリストを絶えず傍に置くこと」である。 つまり、総理たるものは、フォーマルな情報網だけでは不十分で、 インフォーマルな情報網をもっていないと判断を誤るということである。 …玉ねぎは八百屋の店先で見ると、外側が赤茶けたり、泥がついている。 それが玉ねぎなんだ。ところが、その玉ねぎを部下が係長や課長にあげるおきは、 泥のついた赤茶けた皮をむいて、これが玉ねぎだと言って見せる。 そして、課長が、この玉ねぎを部長に見せるときは、また二皮ばかり向いて見せる。 それと同じく部長も皮をむいてくるから、社長のところへくる玉ねぎは、 中の芯だけの小さなものになっている。それを「玉ねぎでございます」と言われて、 まるまる信じたら、とんでもない間違いをやらかすことになる。 では、なぜ優秀なジャーナリストを傍に置くといいのか。 それはジャーナリストは「時代と社会」とに密着しているから、世間の実態を吸収できるからである。 これをどう使うかは、ひとえにトップの器量だが、 もちろんジャーナリストの限界も心得ていないと、とんでもないことになる。 それは「行為する者にとって、行為せざる者は最も過酷な批判者である」ということだ。 政治家とか、経営者とかは「行為する者」であり、ジャーナリストは「行為せざる者」である。 「行為せざる者」は火の粉をかぶったことがないから、 火の粉をかぶって「行為する者」の痛みは絶対にわからない。 足を踏みつけている者に、踏まれている人間の痛みがわからぬのと同じだ。

十八史略の人物学より12

「なぜ、あなたは私がお好きなの」と聞かれて、「あなたは美しいから」と答えるのは愚答である。 また、こういう愚答を喜ぶような女性だったら、たいしたことはない。 「あなたが正直で清潔で美しいからだ」前の愚答よりはましだが、 妙な男の気どりがあって、女性をとろけさせすまではいかない。 「わたし、とてもとても好きなの。理由なんかないわ」 批判の働いている恋愛というものは、それだけで純粋ではなく、 純粋でない恋愛など、まだ恋愛とは言えない。恋は盲目であり、盲目だから美しいのだ。 「自分はここに残って西郷先生と行を共にする」 「かの人はまことに妙である。一日、かの人に接すれば、一日の愛生ず。 三日、かの人に接すれば、三日の愛生ず。しかれども予は接するの日を重ね、もはや去るべくもあらず、 今は、善悪を超えて、この上は、かの人と生死を共にするほかない」 孔子は学問的な鍛錬を欠く人間の必ず陥る偏向について、子路を戒めた。 「学問によって鍛錬されたことのない愛情、それは愚者の愛情である」 「断片的な知識だけを見につけて、腹にずんとおさまった哲学をもたぬと、 それは単なるものしりにすぎない」「学問を伴わぬ信義、それはヤクザの仁義にすぎない」 「単純率直が好きというだけで、いろいろな場合の適応を学ばぬと、 偏屈な正義感によって、人に自説を押しつけることになる」 プルタークは「シーザーの妻は一切の嫌疑をもたれてはならない」と言っている。 いつも賄賂がもち込まれるのは裏口であり、裏口をあずかるのは妻であるからだ。 そして、裏口が落ちたら、落城はもはや時間の問題である。 したがって、シーザーの妻は、たんなる噂をも恐れるほど潔癖でなければならないのである。

十八史略の人物学より11

せっかく、知識や見識をもっていても、胆識がないと、優柔不断に陥ってしまう。 いうなれば、この「胆識」をもった人物が第一等のサムライであり、 「見識」を備えたのが第二等のサムライ、 ペラペラした「知識」だけが第三等のサムライとも分類できるのである。 漢の名宰相、蕭何が主流に収まっているうちは、仲の良くない曹参は、 「反主流の俺には用はない」と地方の知事か何かに出てくすぶっていた。 たまたま、山東地方の知事で、鳴かず飛ばずをきめこんでいたとき、「蕭何没す」の報が届いた。 すると曹参は、すぐ召使たちに上京の仕度を命じた。 「いったい何事でございますか?!」と妻がいぶかると、 「いや、何、蕭何が息をひきとるときに、 この俺を後任の宰相に推薦していったに違いないと思ってな」と答えた。 妻は驚いて、「そんな馬鹿なことは、よもやございますまい。蕭何さまとあなたとは、 人も知る犬猿の仲ではございませんか」と笑うと、それをジロリと見て、曹参がたしなめた。 「たしかに、お前の言う通り、仲はよくなかった。しかし、それはあくまでも個人的なことだ。 天下国家の公儀のこととなれば、後継宰相は俺をおいてないことを蕭何が一番知っとるんじゃ」 果たせるかな、一週間も経つと「後継宰相に命ず」という恵帝の使者が到着した。 …人間は生地のままの自分を人生にぶっつけてゆくよりしかたない。 「俺はこういう人間だ。愛せるなら愛してくれ!」 …白楽天の詩「増えたのは年功とともに増していった勲章の数々。 しかし、実事、つまり内容のほうはだんだん空っぽになって、 自分の周囲を取り巻いているものといったら、バカらしい虚事ばかり」 …いかに線の太い人物であっても、八十を過ぎれば、あと何年生きられるかと考えるだろう。 そして、それは同時に「死は何か?」を考えることである。いかに美しく老いるか、いかに美しく死に臨むか。

十八史略の人物学より10

論語に「民は之を由らしむべし。知らしむべからず」とあるが、 これほど間違って伝えられた言葉はない。 「民衆というものは愚かなもので、言って聞かせてみたところで事理のわかるものではない。 それよりは、手っ取り早く、何も知らせず、威をもって服従させればよい」というふうに誤伝されてきた。 いわば、封建時代の独裁君主の専制の口実として利用されてきた。 しかし、意味は全く違うのである。 これは「為政者というものは、民から万幅の信頼を寄せられることが何よりも肝要だ。 複雑に入り組んだ政治の実体を民に理解させるのは、本来とても難しいことなんだから…」の意味である。 なるほど、民衆はなかなか事理を悟らない。それで政治は、ある具体的な形を民衆に示して、 それに従うようにさせるのが一番である。そのあるものとは何か? まず、指導者が身をもって模範を示し、そのあと、俺についてこいということである。 孔子と子貢との問答。「サムライとは、いかなる人物をいうのでしょうか」。 孔子は言う。「第一に自分の行動に責任を持ち、恥を知っている人物であること。 さらに近隣の国々に使いして、君主の命令を完全に果たし、 国家の名をはずかしめない人物であれば士ということができよう」子貢はその次の人物を問う。 孔子は言う。「人間は、ちょっと小金を貯めたり、地位があがると、 肩で風をきって威張ってみたくなるものである。驕慢になるのだ。 ところが、そういったところが全くなく、一家一族の連中が、 あの人は本当によくつくしてくれると誉める人物、また郷土の人たちが、 誰しも、あの人は奥床しい人だと賞賛する人物が第二等の士である」これもなかなかむつかしい。 子貢はその次のサムライを聞く。孔子は言う。「自ら言った言葉は必ず真実であり、 物事を実行するにあたっては、とことんまでやりとげる、という人物であれば、 ま、第三等のサムライといえよう。 ただし、この種の人物は道ばたにころがっている石ころみたいにコチコチで融通がきかぬから、 しばしばやることがぎくしゃくするよ」 子貢は尋ねる。「しからば、現代の政治家はどうでしょうか」孔子は言う。 「器量が小さくて十把ひとからげの連中ばかりだ。お話にならん」 …この問答から「知識」と「見識」と「胆識」について考えさせられる。 本来、知識などは、薄っぺらな大脳皮質の作用だけで得られる。 学校へ...

十八史略の人物学より9

秦王をへこまして帰ると、藺相如はその功績をかわれて上席家老の位につき、 レンバ将軍の上になった。レンバとしてはまことに面白くない。そこで次のように言った。 「わしは趙の武将として、千軍万馬の功があるのに藺相如はただの口先だけの働きで、 わしの上につきおった。奴はもともと卑賤の出のくせに、まことに生意気千万な所業じゃ。 今度あったら、きっと、赤っ恥をかかせてくれる」 …レンバが怒っているのをきいた藺相如は、できるだけ顔をあわせるのを避けた。 朝廷に出仕して、レンバに逢いそうなときには、病と称して欠席し、 外出の折にも、はるかにレンバををみかけると、車を脇道へひき入れてかくれた。 このため、藺相如の家臣たちが口惜しがって口々に主人にうったえた。 「わたしどもが、こうして、あなたにお仕えしているのは、 あなたのご高義を慕っておればこそでございます。 しかるにご主人はレンバ将軍を避けて逃げかくれなさる。 これは凡愚の者でも恥じるところ、あまりに意気地のないことではありませんか」 …藺相如は静かにさとした。 「わたしが秦王を叱りつけたことは、お前たちも知っていよう。 いくらわたしが愚鈍であるからといって、どうしてレンバ将軍を恐れよう。 よくよく考えてみたまえ。あの強暴な秦が、わが趙に戦争をしかけてこないのは、 このわたしとレンバ将軍がいるからだ。 もし、いま、その両虎が闘ったなら、勢いの赴くところ、ともには生きられまい。 わたしが敢えてレンバ将軍を避けるのは、国家のことを先にして、 個人的な恨みつらみを後にすべきだと思うからだ」 …これを伝えきいたレンバ将軍は、肌脱ぎになって茨を背負い、 藺相如の邸に赴いて罪を詫び、以来、二人は生死を共にすることを誓いあった。

十八史略の人物学より8

秦王は趙王と約束して会合をもった。藺相如は趙王に従ってその会合に出た。 酒宴になったとき、秦王は「余興にシツ(楽器)をひいてくだされ」と趙王に申し入れた。 シツは遊女が座をとりもつために弾くものであるから、 それを趙王に弾け、というのは重大な侮辱だが、 「ここは我慢のしどころ」と趙王は甘んじてシツを弾いた。 おさまらないのは、趙王の側に侍っていた藺相如である。シツが終わるのをまちかねたように 「このおかえしに秦王どの自ら、缶をたたいて、秦の流行歌をうたわれし」と言うと、 秦王は「何を言うか」と一言のもとにはねつけた。 缶とは、酒や醤油をいれる土器で、 シツなどの高級な楽器がない秦の文化の低さを象徴するものだったから、断れるのは当たり前だった。 秦王が断わると同時に藺相如が怒号した。「秦王と藺相如との間はわずかに五歩の距離。 もし、応じられぬとあらば、わが首を斬って、血を秦王にそそぎかけることもできますぞ!」 つまり、秦王と刺しちがえて死にますぞ!とにじり寄ったのであった。 秦王はやむなく缶をたたいてうたった。 一国が侮辱を受けて、何もできぬのは、そのまま屈従を意味する。 藺相如は秦の圧力をはねのけて、趙の対面を保ったのだった。 こういう場合の応待辞令は気合と気合のやりとりである。

十八史略の人物学より7

孔子の孫の子思が戦国時代、衛公に仕え、 「コウヘンこそ武将として、大いに用うべき人材である」と推薦したが、 衛公は、なかなかその言葉を容れない。 理由は「コウヘンは、かつて役人をしていたとき、 人民に税を割り当てたついでに一軒から卵を二つずつ徴発して、自分のポケットに入れた。 そんなちょろまかしをやる人間を、将軍の要職につけるわけにはいかない」ということだった。 早速、子思は衛公にくいさがった。「聖人が人を用いるのは、あたかも大工が材木を扱うのと同じで、 その長所をとって短所を捨てる。柳や梓は、もともと良材である。 その良材が数かかえもある大きさであれば、たとい、数尺の腐った部分があっても、 名工は決して捨てたりはしないものだ。まして、大人物は多少の欠点があっても、これを捨ててはならない」 …今、世に時めいている人々は皆、難のうちどころがない。頭もよいし、才もある。 交渉も上手で、当たり障りもない。大して酒も飲まない。まことに整っているが、さっぱりうまみがない。 感激がない。可もなし、不可もなしという類である。 それより、何よりも欲しい男は、もっと手ごたえある男で、 こういう人物には凡人のもちえない短所もあるが、それがまた、えもいわれぬ魅力でもある。

十八史略の人物学より6

「たしかに勧めました。だが、あのいくじなしめは、聞き入れませんでした。 だから、誅殺されたのです。もし、きゃつが拙者の計を用いておれば、 陛下も、ああ、やすやすとは奴を消せなかったでしょう」 傍若無人の言い方に激怒した劉邦は「煮殺してしまえ!」と叫ぶ。 「はっ」と答えて、左右がカイトウを引き立てようとすると、カイトウは大声で喚いた。 「ああ、さてもさても、おれは無実の罪で殺されるのか」 劉邦は、ますますいきりたって、「うぬは韓信に謀反を勧めたのじゃ。無実の罪とは何を言うかっ!」と叱りつけると、 カイトウは、今度は落ち着きはらって言った。 「しばらく、心を静めて聞かれい。始皇帝が死んで、秦の権威が衰えたとみるや、 山東地方は大いに乱れ、群雄割拠し、大変な騒ぎとなったことを、よもやお忘れではありますまい。 この英雄、俊傑たちが目ざしたところは皆一つ、秦の失政に乗じて、自ら天下を掌握したいということでござった。 かかる乱世には、早いもの勝ち、力の強い者勝ちで、誰が正当で、 誰が不正当であるかということは全くなかったはずでござる。 それはあたかも、一頭の鹿を多数の猟人がおうようなものでござった。 その場合、犬が、その主人以外の者に吠えつくのは当然のことでござる。 当時、拙者は韓信の家来で、陛下とは赤の他人でありました。 そういう拙者が、韓信に天下を取らせようと考えるのは、当たり前のことではござらんか。 そのころ、天下を取ろうと思った英雄、豪傑は陛下だけではなく、雲のわきあがるごとくあちこちにいました。 ただ、彼らは力及ばず、その野望が実現しなかっただけのことでござる。 その者ども全部を捕えて煮殺すことなど、とても出来る相談ではありますまい。 だから、拙者は無実の罪で殺されるというのです」 さすがに「斉の雄弁家」と言われたカイトウである。 劉邦はカイトウの言うことにも一理あると思い、「まあ、よかろう。許してやろう」と言って、釈放した。 こういうところが、劉邦の英雄的態度である。ずいぶんと欠点の多い人間であったにもかかわらず、 なお、当時の豪傑たちの間で魅力があったのは、ここなのであろう。

十八史略の人物学より5

かつて韓信がひそかに反乱を策しているという情報を得た高祖は、 策で、韓信を生け捕りにしてしまったことを指しているのだ。痛烈なる皮肉である。 しかし、韓信は、いっこうにこたえぬ顔で鮮やかなころし文句をつかう。 「陛下は、兵卒の大将としては十万程度ですが、 しかし、立派に将軍たちの大将となる才能をおもちです。 のみならず、陛下という位は、いわゆる天下からさずかった運勢つまり天命であり、 人力の及ぶところではござらぬ」 高祖は、この「命がけのお世辞」に大満悦の態だったが、しかし、韓信の最後の一言は、 とりようによっては、「陛下などと威張りくさっているが、 ただ、運がよかっただけのことじゃないか」とも解釈できる。 これは漢民族のもっとも得意とする表現方法で、どちらが本心なのか、さっぱりわからぬ。 おそらく、韓信としては、精一杯の抵抗をこめたのではないか。 反乱を企てた韓信は、漢の高祖の妻、呂后に捕らえられた。斬られるとき、韓信は言った。 「おれはカイトウの計を用いなかったのが残念でならぬ。 あれを用いなかったために、このような女狐風情にあざむかれてしまった。天命じゃわ」 呂后は韓信の三族を根絶やしにした。 …漢の高祖、劉邦は韓信の殺されたことを知り、不安の種のなくなったことを喜びもしたが、 かつての交情や功績を思って、その末路を憐れみもし、呂后に問うた。 「韓信が死ぬとき、何か言ったのじゃろう」 「カイトウの計を用いなかったのが残念でならぬ。あれを用いておれば、 こんなことにはならなかったろううに、とまことに無念そうでございました」 「ふうむ、カイトウか。すぐ捕えろ」 ひっぱられてきたカイトウを前に引きすえた劉邦は、厳しい言葉を浴びせかけた。 「そちは韓信に謀反を勧めたか」カイトウはいっこうに悪びれない。

十八史略の人物学より4

「窮乏の友に友たるは、友の最も大なるものなり」とはプルダークの名言だが、 人間、調子のいいときだけが友人ではない。 一朝、事敗れて尾羽打ち枯らそうと、ときには間違って監獄へはいろうと、 「あいつだけは俺を信じていてくれる」という友人が一人でもいたら、 それだけで、この世は十分に生きる価値がある。 誰でも友だちというが、それを信用しているのはバカ者だ。 世に「忘年の交」という。老人は若い連中と交わって、その経験や学問を教え、 若いものは老人の歩いた足どりから何かを吸収し、 次の飛躍をめざすという文字通り「年を忘れ、齢を超越して、互いに心を許して交わること」である。 …隠居入道してからの最高の楽しみは、人を育てることだ。 …給料をもらっているからといって、そうそう、上役のご機嫌とりばかりはしないぞ。 いささかの酒を含みながら、古典を語り、人物を論ずるくらい楽しいことはない。 漢の高祖が、韓信と酒を飲みながら、諸将の将器について論じたとき、 韓信は一人一人を俎上にのせて明快に評価していった。 「某某は兵三万の将、某某はせいぜい五万までだが、なにがしは七万までは統率できましょう」 興にのった高祖は一膝のりだしてきいた。 「朕などは、どのくらいの兵の大将となれるだろうか」これはむつかしい質問である。 下手な返答をしたら首がとぶ。ところが韓信は平然と言ってのけた。 「陛下は十万の将たるに過ぎず」 むっとした高祖が「そういうお前さんはどうなんだい?」ときり返すと、 韓信は「私は二十万よりは三十万のほうが、五十万よりは百万のほうが、 とにかく多ければ多いほど、ますます、うまくやります」 高祖は不愉快さをかくそうともせず、とっさの切り札をぶつけた。 「兵が多ければ多いほどうまくやるというお前があ、 じゃ、どうして、わずか十万の将にすぎぬ朕のとりことなったのか」

十八史略の人物学より3

とある起業家がみすぼらしい六畳一間にいた。 どうして大金持ちが奥さんとこんな汚い部屋にいるのか、とたずねると、 「自分たちはいくら考えてみても、あまりに恵まれすぎている。 無我夢中で働いているうちに運勢に恵まれて、このように何一つ不自由のない身分になったが、 考えてみると、何だか恐ろしいみたいで、ひとつ厄払いをしようということで、 毎年ここへきて一か月間、この汚い部屋で厄を払っているのだ。」 ひとたび、よかろうと許し合ったら、地位や肩書にかかわりなく、 とことんまで相手を信ずるし、付き合う。イデオロギーなどは無関係だ。 その典型は管鮑貧時の交わりであろう。管仲が鮑叔と組んで商売をしたことがある。 儲けを分けるときに、管仲は鮑叔より余分にとったが、鮑叔は、 決して管仲を欲ばりとは思わなかった。理由は、管仲が貧しいことを知っていたからだ。 また管仲が、鮑叔のためによかれと計ったことが、かえって鮑叔を窮地に陥れてしまった。 しかし鮑叔は、管仲を、馬鹿な奴!と恨んだり、軽蔑したりはしなかった。 ものごとというもは、運の向いているときには、何をやってもうまくゆくものだが、 いったん風向きが変わって、時に利あらずとなると、どうあがいてみても、 うまくゆかぬことを知っていたからだ。 さらに、管仲は戦にでるたびに負けて逃げかえってきた。 だが、鮑叔は管仲を「卑怯者」よばわりは絶対にしなかった。 なぜならば、管仲には年老いた母がおり、管仲に万一のことがあれば、 孝養をつくすものがいなくなり、どんなに母が嘆き悲しむかを知っていたからである。

十八史略の人物学より2

唐の太宗が臣下に聞いた。天下の経営を新しく始めるのと、 すでにできあがっているのを守っていくのとでは、どちらがむつかしいいだろうか。 とある部下は、創業の苦労をいやというほどなめているので、創業のほうが難しいと答える。 …しかし、一つのパターンがある。天下を平定しても、つい気がゆるんで、 酒池肉林の楽にふけるのである。 したがって守っていくほうが難しいのではないか、という部下もいる。 …太宗は語る。両人の意見は、まことにもっともである。 だが、いちおう天下太平となった今、創業の困難は過ぎ去ったとみていいだろう。 というのは、守成の時代にはいったという意味である。 これからは、諸侯とともに驕奢を戒め、慎重に一歩一歩、天下の基礎を固めていこうではないか。 たぎった時代、変革期、乱世にはたぎった人物が輩出する。 組織は否定され、今までの型にはまらない独立した創造的人物が輩出する。 ところが、このたぎった人物も、さて自分の事業を継がせる段になると、 自分と同じたぎったタイプは、絶対に選ばない。 一か八かの大勝負を張られ、失敗されて元も子もなくされてはかなわぬ、という心理である。 …創業の華やかさに比べて、守成は地味である。 それだけに、創業よりもむしろ守成に、忍耐と根気強さと人間的器量とが要求される。 新渡戸稲造は語る。勇気を修養するものは、進む方の勇ばかりでなく、 退いて守る力の沈勇もまた、これを養うよう心がけねばならない。 両者そろって、初めて真の勇気となる。 …范蠡は言う。金と名誉の両方を長い間独占していたら、必ず不幸のもとになる、と言って、 宰相の印を返し、財産を全部、縁故者にばらまき、大事な宝だけをもって、人目をさけた。

十八史略の人物学より1

学問の仕方には4つの段階がある。記憶、血肉化、呼吸をするように学ぶ、 ゆったりと遊ぶように学ぶ。…禅の修行はまず苦行である。やがてそれは遊戯三昧に入る。 座禅を組む。足が痛い。だが次第に座禅が楽しくてしようがなくなる。 …人間は人間を信ずる以外に手はない…人間以上に有用なものはなく、 人間以上に良いものはなく、しかも最大の不幸は人間からくる。 …出処進退の退を見る。退いて後継者を選ぶ、その企業において、 自分がいなくなっても、仕事が回っていくようにする。自分を無にするのである。 …主に憂いがあるときには労し、主が辱められたときには死をもってあだを報いるべきである。 そして戦いに勝った時には臣下は君主のもとを去るのである、と范蠡は言う。 越王の勾践は、范蠡に越に残るように、さもなければ殺すぞ、と范蠡に伝える。 范蠡はすでに逃げていた。范蠡は言う。艱難は共にできても安楽を共にするのは難しい。 …范蠡の次に力量があった文種は、越王、勾践への未練を断ち切れなかった。 そして病と称して出仕しなくなった。 文種をやっかむ連中が、この際とばかり、越王、勾践に中傷した。 文種は反乱の準備を進めていると。勾践も最初はそんな馬鹿なことがあるものか、と思っていた。 しかし多数の者が繰り返し中傷するうちに、ひょっとすると、と疑惑を覚える。 勾践はついに文種に自殺を命じた。 …英雄の多くはまことに身勝手である。用事のある間はナンバー2の才能を大事にするが、 功業成って収穫期にはいると、かつては下へもおかぬほど大事にした功臣を次々と粛清してしまう。 英雄はすべて独裁者である。たとえば毛沢東が。

共産党宣言より4

プロレタリアは強いられた無家庭と公認の売淫とに追い込まれている。 社会秩序は、男女の関係を、当事者だけが関係し、社会が干渉してはならない、純粋に私的な関係にするだろう。 これまでの結婚とは、私的所有によって妻が夫に従属することである。 ここに、共産主義の婦人共有などという道徳堅固な俗物どもの非難にたいする答えがある。 すなわち、婦人の共有とは、まったくブルジョア社会だけにあるもので、 現在売淫の形で完全に実在しているような関係である。 売淫は私的所有にもとづくもので、したがって私的所有がなくなるとともになくなる。 だから、共産主義の組織は、婦人共有をもちこむのではなく、むしろこれを廃止するのである。 労働者革命の第一歩は、プロレタリアートを支配階級にたかめること、 民主主義をたたかいとることである。 共産主義者は、自分の見解や意図をかくすことを恥とする。 共産主義者は、彼らの目的は、既存の全社会組織を暴力的に転覆することによってのみ達成できることを、公然と宣言する。 支配階級をして共産主義革命のまえに戦慄せしめよ! プロレタリアはこの革命によって鉄鎖のほかにうしなうなにものもない。彼らの得るものは全世界である。 万国のプロレタリア団結せよ!

共産党宣言より3

プロレタリアートの勝利のためには、私有財産の撤廃が必要である。そのためには何が必要か? 私的所有が完全に廃止されるまで社会の全員にたいする平等の労働義務、産業軍の編成が必要である。 累進税、高度の相続税、傍系(兄弟、甥などの)相続の廃止、強制公債等による私的所有の制限が必要である。 私生児に嫡出子と平等な相続権をあたえることが必要である。 国立銀行を通じて、貨幣取引を国家の手に集中し、すべての民間銀行を禁止することが必要である。 私有財産が無くなれば貨幣は必要ではなくなる。 産業の経営、全ての資本、農業、工業、作業場、鉄道、運輸、交易、をたがいに競争する個人の手からとりあげ、 そのかわりに、共同の計画にしたがって、経営させるようにしなければならない。 こうしてそれは、競争を廃止し、そのかわりに、協同社会をもってくるであろう。 あらゆる生産用具を共同で利用し、みなの合意によってあらゆる生産物を分配するのである。 各人が、ただ一つの生産部門に従属し、その部門によって搾取され、 他のすべての素質を犠牲にしてただ一つの素質だけをのばし、 生産全体のなかの一部門だけしか知らないような人間では、生産の共同経営などはやれない。 社会全体が共同で、また計画的に経営する産業は、あらゆる面に素質の発達した、 生産の体系全体を見とおせる人間をなによりも前提としている。 プロレタリアートの教育は、若い人々が生産の全体系を非常にはやく経験できるようにする。 それは、彼らが、社会の必要や各人の好みに応じて生産部門の系列を順々にうつることができるようにする。 このようにして、共産主義的な組織になった社会は、 各人に、彼らの全面的に発達した素質をあらゆる方面にのばす機会をあたえるだろう。 そのために、子供を共同で教育し、また子供が両親に従属することをなくすこと、 すべての児童にたいする公共無料教育、児童の工場労働の廃止が必要である。

共産党宣言より2

機械と分業とがすすめばすすむほど、労働時間の延長によってであれ、 一定の時間内に要求される労働もまた増大する。労働者大衆は、工場につめこまれて軍隊式に編成される。 彼らは、平の産業兵として、下仕官と将校との完全な職階制の監督のもとにおかれる。 ブルジョアによる自由競争は、大工業の始まりには、必要欠くべからざるものである。 なぜなら、それは大工業がおこりうる唯一の社会状態だからである。 ブルジョアジーは、こうして貴族と同業組合員との社会上の勢力をうちほろぼしたのち、 政治上の勢力もうちほろぼした。彼らは、代議制の採用によってこれをなしとげた。 代議制というのは、法律のまえでのブルジョア的平等、すなわち自由競争の法律的承認にもとづくものであって、 ヨーロッパ諸国では立憲君主制の形で採用された。 この立憲君主制のもとでは、ブルジョアだけが、選挙権をもっており、代議士、政府をえらぶのである。 精神的生産は物質的生産とともに変化する。ある時代の支配的な思想は、 つねにその支配階級の思想にすぎなかった。 法律、道徳、宗教は、そのいずれも、背後にブルジョアの利益をかくしもっている。 キリスト教の禁欲主義に社会主義的な色あげをほどこすほど、たやすいことはない。 キリスト教も、私的所有にたいして、結婚にたいして、国家にたいして、反対した。 そして、それらのかわりに、慈善と托鉢を、独身と禁欲を、僧房生活と教会主義を、説教した。 教会社会主義は、貴族の怒りに神の祝福をあたえるために、坊主のそそぐ聖水にすぎない。

共産党宣言より1

ブルジョアジーとは、雇用者のことである。 ブルジョアジーのもっとも根本的な条件は、私人の手中への富の増大である。 プロレタリアートとは、賃金労働者のことである。 ブルジョアは生産手段を持ち、プロレタリアートは自らの労働以外に売る者がない。 昔は原始共産主義社会だった。この原生の共同体が解体して、対立する諸階級へ分化した。 自由民と奴隷、貴族と平民、領主と農奴、ギルドの親方と職人、 つまり抑圧するものと抑圧されるものとは、つねに対立した。 ブルジョアジーは、人と人とのあいだに、ろこつな金勘定のほかには、なんのきずなをものこさなかった。 ブルジョアジーは、医者や法律家や僧侶や詩人や学者を、自分たちのおやといの賃金労働者にかえてしまった。 ブルジョアジーは、家族関係をただの金銭関係に還元した。 ブルジョアジーは、農村を都市に従属させ、未開国を文明国に、東洋を西洋に、従属させた。 フランス革命は、封建的所有を廃止してブルジョア的所有を実現した。 プロレタリアートは、産業革命によって発生した。 産業革命は、蒸気機関などの機械装置の発明によってひきおこされた。 これらの機械は大資本家だけが調達できた。機械はこの労働者が紡ぎ車でつくるよりは安価な商品をつくることができた。 こうして、これらの機械は、工業を大資本家の独占物にし、労働者のわずかな財産(道具)をがらくたにした。 労働は、ますます分割されるようになり、以前は一製品を完全につくっていた労働者も、 いまではこの製品の一部分だけをつくった。 この分業は、生産物を、いっそう急速に、したがっていっそう安価に、提供できるようにした。 プロレタリアの労働は、機械の普及と分業との結果、その独立性をまったくうしなってしまった。 プロレタリアは機械のたんなる付属物となり、きわめて単純単調な操作を要求されるにすぎない。

新約聖書より8

(十字架にかかった)イエスは大声で叫んで、「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と言われた。 →旧約聖書、詩編の言葉からの言葉です。イエスも死にたくなかったのかな? 『イエスは死人の中からよみがえられた。見よ、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。そこでお会いできるであろう』。 …イエスに会って拝した。しかし、疑う者もいた。 →肉体が変わっても、霊として同一人物である、というイエスの復活は、霊による肉に対しての勝利である、という主張があります。 創造者は初めから人を男と女とに造られ…人は父母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりの者は一体となるべきである。 だから、神が合わせられたものを、人は離してはならない。 彼らはイエスに言った、「それでは、なぜモーセは、妻を出す場合には離縁状を渡せ、と定めたのですか」。 イエスが言われた、「モーセはあなたがたの心が、かたくななので、妻を出すことを許したのだが、初めからそうではなかった。 そこでわたしはあなたがたに言う。不品行のゆえでなくて、自分の妻を出して他の女をめとる者は、姦淫を行うのである」。 →ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は、男性中心主義かもしれません。 イブはアダムの肋骨から創られた話とか。婦人たちは教会では黙っていなさいとか。 イスラム教では、女性が頭や身体を覆うとか。 共産主義のマルクスは女性の解放を目指しています。 聖書の評論を終えますが、僕自身、誰かに操られて書かされているのではないかと、感じることもありました。

新約聖書より7

人の子がきたのも…多くの人のあがないとして、自分の命を与えるためである。 →殺されるのがわかっていても逃げないイエスは、理性でなく熱情の人でした。 ヘーゲル哲学は、理性を重視しすぎると、否定する神学者もいます。 イエス・キリストは…長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、 殺され、そして三日目によみがえるべきことを、弟子たちに示しはじめられた。 …時に、十二弟子のひとりイスカリオテのユダという者が、祭司長たちのところに行って言った、 「彼をあなたがたに引き渡せば、いくらくださいますか」。 すると、彼らは銀貨三十枚を彼に支払った。 …その時から、ユダはイエスを引きわたそうと、機会をねらっていた。 …イエスは言われた、「よくあなたに言っておく。今夜、鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」。 …ペテロは言った、「たといあなたと一緒に死なねばならなくなっても、あなたを知らないなどとは、決して申しません」。 弟子たちもみな同じように言った。しかし弟子たちは皆イエスを見捨てて逃げ去った。 …イエスを裏切ったユダは、イエスが罪に定められたのを見て後悔し、銀貨三十枚を祭司長、長老たちに返して言った、 「わたしは罪のない人の血を売るようなことをして、罪を犯しました」。 ユダは銀貨を聖所に投げ込んで出て行き、首をつって死んだ。 →イエスほど魅力があっても、地上の原理ではイエスについていけないらしい。 ただしユダはイエスを裏切ったことを、文字通り、死ぬほど後悔したのですね。

新約聖書より6

「世の終りには、どんな前兆がありますか」。 …「人に惑わされないように気をつけなさい。 …多くの者がわたしの名を名のって現れ、自分がキリストだと言って、多くの人を惑わすであろう。 …また、戦争と戦争のうわさとを聞くであろう。注意していなさい、あわててはいけない。 それは起らねばならないが、まだ終りではない。 …民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。 またあちこちに、ききんが起り、また地震があるであろう。 … しかし、すべてこれらは産みの苦しみの初めである。 … そのとき人々は、あなたがたを苦しみにあわせ、また殺すであろう。 またあなたがたは、わたしの名のゆえにすべての民に憎まれるであろう。 …そのとき、多くの人がつまずき、また互に裏切り、憎み合うであろう。 …また多くのにせ預言者が起って、多くの人を惑わすであろう。 …また不法がはびこるので、多くの人の愛が冷えるであろう。 …しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。 人の子の現れるのも、ちょうどノアの時のようであろう。 すなわち、洪水の出る前、ノアが箱舟にはいる日まで、人々は食い、飲み、めとり、とつぎなどしていた。 そして洪水が襲ってきて、いっさいのものをさらって行くまで、彼らは気がつかなかった。 人の子の現れるのも、そのようであろう。 →とある歴史家は、旧約聖書の創世記を読むことは、最低限のスキルだと述べています。 洪水や大地震などの災害は、神の怒りによる罰なのではないか?という主張もあります。 堕落した町で、純粋な心を持った人だけが、ヤーウェやエリ(神の名前)に救われるのです。

新約聖書より5

もし、からし種一粒ほどの信仰があるなら、この山にむかって『ここからあそこに移れ』と言えば、移るであろう。 →砂漠でイナゴと草の根だけを食べながら、信仰を守る狂信者は、本当に奇跡を起こせるのではないか、 という主張を、ドストエフスキーは書いています。統合失調症の方の中には、超常現象を体験した人もいるのではないですか? イエスは宮にはいられた。そして、宮の庭で売り買いしていた人々をみな追い出し、 また両替人の台や、はとを売る者の腰掛をくつがえされた。 そして彼らに言われた、『わたしの家は、祈の家ととなえらるべきである』と書いてある。 それだのに、あなたがたはそれを強盗の巣にしている。 →不正に対しては、イエスも激しい言動を起こすのですね。 攻撃性の問題に関しては、サディズムが、キリスト教に対しての反対の立場をとっています。 浅田彰は、マルキー・ド・サド(作家、サディズムの語源)原作の、 パゾリーニ監督による映画「ソドムの市」を批評しています。 不正を正す態度と、他人の自由を奪うサディズムは別なんですね。 「地上に平和をもたらすために、わたしがきたと思うな。平和ではなく、つるぎを投げ込むためにきたのである。」 地上のだれをも、父と呼んではならない。あなたがたの父はただひとり、すなわち、天にいます父である。… また、あなたがたは教師と呼ばれてはならない。あなたがたの教師はただひとり、すなわち、キリストである。

新約聖書より4

〇また弟子のひとりが言った、「主よ、まず、父を葬りに行かせて下さい」。 イエスは彼に言われた、「わたしに従ってきなさい。そして、その死人を葬ることは、死人に任せておくがよい」。 〇私より父また母を愛する者は、私にふさわしくない。私よりも息子や娘を愛する者は、私にふさわしくない。 〇『父と母とを敬え』。 →先祖崇拝、家族の団結を説く宗教もありますが、キリスト教は違うのだろうか。 矛盾した考え方ががイエスによって主張されていますが、父母の否定が新約聖書には繰り返されています。 〇(イエスのことを否定して)見よ、あれは食をむさぼる者、大酒を飲む者、また取税人、罪人の仲間だと言う。 →太宰治は、イエスがよっぽどの酒好きなのだろうと主張しています。イエスにも人間味があるのですね。 〇心をいれかえて幼子のようにならなければ、天国にはいることはできないであろう… 自分を低くする者が、天国で一番偉いのである。 〇この世は、罪の誘惑があるから、わざわいである。罪の誘惑は必ず来る。 →幼子は大人と違って、知恵の実を食べておらず、純粋なのですね。 とある歴史家の意見では、「心の純粋さは金では買えない」「この世は試みの場所にすぎない」とのことです。 イエスは結婚式にワインが足りなくなった夫婦のために、水をワインに変えるという奇跡を起こしました。 ワインも買えないほど貧しい人たちと一緒にいたのだと、ドストエフスキーは説明しています。

新約聖書より3

『〇もし誰かがあなたの右の頬を打つなら、他の頬をも向けてやりなさい。あなたを訴えて、 下着を取ろうとする者には、上着をも与えなさい。求める者には与え、借りようとする者を断るな。 〇『隣り人を愛し、敵を憎め』と言われている。しかし敵を愛し、迫害する者のために祈れ。 あなたがた自分を愛する者を愛したからとて、何の報いがあろうか。 〇空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取り入れることもしない。 それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。 あなた方は彼らよりも、遥かに優れた者ではないか。なぜ、着物のことで思いわずらうのか。 野の花がどうして育っているか、考えてみるがよい。働きもせず、紡ぎもしない。 〇人を裁くな。自分が裁かれないためである。自分の目には梁があるのに、 どうして兄弟に向かって、あなたの目からちりを取らせてください、と言えようか。 偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい。 〇何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ。』 ➡イエスが十字架にかかるのは、引用した聖書の断片を見てもわかるように、 生存原理を徹底的に否定したからかもしれません。あまりにも偽善と妥協しなかった。 狂信的宗教者はこの教えを守るとドストエフスキーは書いています。 この世の原理と背反する点で、発狂とキリスト教に関係はあるのだろうか。 マルチン・ルター(宗教改革者、プロテスタント)は、バチカン(カトリック)の教皇の豪勢な暮らしぶりを見て、幻滅しました。 ルターは現れた悪魔にインク瓶を投げつけたこともあります。 イエズス会の一人は、ルターが誇大妄想狂の精神異常者と判断しています。 イエスも、母と兄弟姉妹に発狂したと思われ、身内の者たちに取り押さえられそうになっています。 「預言者が敬われないのは、自分の故郷、親戚や家族の間だけである。」

新約聖書より2

『「目にはめを、歯には歯を」といえることあるを汝ら聴けり。 されど…悪しき者にてむかうな。人もし汝の右の頬をうたば、左をも向けよ。… 下衣を取らんとする者には、上着をも取らせよ。』 『なんぢら神と富とにかねつかうること能はず。』 ↓ イエスは大金持ちの弟子に、全ての財産を、貧しい人びとに施しなさいと教えます。 地上の富ではなく、天国(神)に富を積めと。 しかしその弟子は、施すことができず、悲しんだとのことです。 『何を食べ、何を飲むか…何を着ようか…思いわずらうな。 空の鳥を見よ、種をまかず、刈らず、倉に収めず、然るになんぢらの天の父は、これを養いたまふ。』 ↓ マックス・ウェーバーは、キリスト教プロテスタントと資本主義には、相関関係があると主張しています。 カトリックは、ある程度は、その日暮らしに近いらしい。 『栄華を極めたソロモンでさえ、その服装を、花ほどにも飾らなかった。』 ↓ キリスト教は、ファッションとは、背反しています。 『イエス言葉にて霊を追い出し、病めるものをことごとくいやしたまへり。』 『彼は自ら我らの病気を受け、我らの病を負う。』 ↓ イエスは、皮膚病、熱、悪鬼につかれた者を直します。 自然科学的ではない奇跡の問題は、新約聖書の難しいところの一つでしょう。 病を自ら負う、という発想は、十字架を背負うことの中心的な考えです。 十字架を交換して、互いの苦しみを分かちあう、という小説(罪と罰)もありますね。

新約聖書より

「バステスマのヨハネは…駱駝の毛織衣をまとひ、腰に皮の帯をしめ、蝗と野蜜とを食とせり。」 「イエスは…悪魔に試みられる。「なんぢ若し神の子ならば、命じてこれ等の石をパンと為らしめよ」 答えて言い給ふ。『人の生くるはパンのみに由るにあらず、神の口より出づるすべての言による。』 ↓ ドストエフスキーはパンからの自由を問題にしています。大半の民衆はパンを求めて悪魔についていきます。 キリスト教は少数の者しか救いません。 『狭き門より入れ、滅びにいたる門は大きく、その道は広く、これより入る者おおし。』 「『悪魔についていくなら…イエスに…もろもろの国と、その栄華を与えよう、と』 イエスは言います。『サタンよ、退け。主なる汝の神を拝し、ただこれにのみつかえ奉るべし。』」 ↓ イエスの天国はこの世のものではありません。地上の権力をつかまないことが大切であると。 「イエスは言います。『色情を懐いて女を見るものは、既に心のうちに姦淫したるなり。』」 ↓ ヨハネの黙示録では、ハルマゲドンについて、女を知らない人たちがバビロニア (性風俗の乱れた、貧富の差の大きい、大都市) との戦いを起こすと書かれています。 「もし右の目なんぢをつまづかせば、えぐり出してすてよ、五体の一つ亡びて、 全身ゲヘナに投げ入られぬを益なり。もし右の手なんぢをつまづかせば、切りすてよ、 五体の一つ亡びて全身ゲヘナにいかぬは益なり。」 ↓ ゲヘナとは、永遠に続く炎の地獄のことです。そこに落ちない為の悔い改めが重要だと。

タバコはいいの?

ミネルヴァの梟は夕暮れに飛び立つのだ(ヘーゲル)。 ミネルヴァの梟は暁に飛び立つのだ(ニーチェ)「注、この一文は間違いだと後に判明しました。」 ヘーゲルが夕暮れと言ったのは、物事を終わりから認識することが哲学だと考えているからです。 人間は自分が何かをしているときに、偶然の集まりとして、その行為を考えている。 しかし、実は神による必然性のなかに人はいて、その必然性のなかに人はいて、 その必然性を認識することが、哲学だと考えているからです。 それに対してニーチェは終わりからではなく、未知なる出来事を体験することが重要だと考えました。 そのために暁、つまりは物事の始まりが重要だと。 ニーチェはキリスト教と仏教を、同情の宗教として否定しました。 力あるものがただしいのだと。 この発想は、プラトンによる、力よりも正義が重要だという主張にたいして、 ソフィストの反論、正義よりも力が大切だという考えに影響を受けています。 力あるもの、といってもギリシア時代のソフィストとニーチェが全く同じ主張をしているわけではありません。 ニーチェは、強者は少数でしかなく、畜群、一般大衆からの乖離は避けられないと考えています。 強者は視線を水平に保ち、それから下の存在しか見ず、上には視線を上げないのです。 これはキリスト教が神を敬う、つまり見上げることを主張していることに対する反論である可能性もあります。 (強者は対等の存在が現れたら、いやいやながら自分と同じ高みにあると認めるのです。) ヒルティー(眠られぬよるのために)によると、キリスト教徒は悩み、苦しみ、病気を 受けれ入れてもいいのではないかと考えています。 なぜならイエスが無実の十字架にかかって苦しんだからです。 ニーチェは逆にデュオニソスの生命力(アポロンの知性にたいする)を肯定します。 身近なテーマだと、ニーチェはタバコの喫煙は、肺を痛めながら快楽をえるので間違っていると主張します。 自傷だからイエスにつながると。

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