ニッパーダイを読みながら30
ロマン主義的な医学、キリスト教の医学にとって、 病気とは、罪深く、欲望と情欲に燃え、 つまらない事柄への無秩序な愛情におぼれて、己を見失う魂なのであるとされる。 それに対しては、病人の自然な治癒力と、磁気療法と、 悪魔ばらいや教会の恩恵という手段が用いられるべきなのであった。 治癒と救済、贖罪は関連し合っており、 医師は神の諸力を導くべき聖職者に他ならなかった。 ロマン主義的な医学に対して、科学の進歩は人間の寿命を倍増させた。 この分野は進歩したのであり、近代的な厳密科学は勝利したのである。 厳密科学の中心に位置するのは、実験である。 それは数量として把握される。 数量化は、計測技術の登場によって、促進される。 この計測技術は、例えば紫外線のように、自然な感覚や、 望遠鏡や顕微鏡などの感覚を強化する道具によっては認識できず、 温度や化学的な作用を通して、 間接的にしか認識できない現象を、観察するのを可能にする。 近代物理学の不可視性が発展していくのである。 カトリックにとってよりも、プロテスタントにとってのほうが、 自然科学は魅力があった。 自然科学は、古典的=観念論的な哲学に対して、反抗する中で発展し、 そして哲学を玉座から追放した。 哲学的な総合ではなくて、専門化と分析、それこそが新しい研究の原動力であった。