ニッパーダイを読みながら46
ビスマルクはナポレオン3世との戦争において、 ドイツ国民国家の建設を目指していた。 プロイセンと南ドイツの合同である。 マキャベリズムとモラル政策は異なる。 戦争による領土の併合について、マルクスは、 ビスマルクの併合政策が、将来の世界的な紛争の土台となることを見て取った。 ナポレオン3世との開戦と、最初の戦闘における勝利を受けて、 国民的な熱狂の嵐が南ドイツの諸邦で巻き起こり、 依然として強力だった、反プロイセン派や自邦中心主義派を受け身の立場に追いやり、 突如として国民が、大いなる感情に包まれて統一されたのである。 ビスマルクは、国民運動と同盟を結んでいたのだけれども、 帝国建国の具体的なプロセスの中では、この運動に口を差し挟ませなかった。 建国の発言権は、諸邦君主と諸邦政府であるべきだったのであり、 議会や国民運動や国民派、議員や民衆であるべきではなかったのである。 ビスマルクは考えた。 バイエルン王はプロイセン王に服することはできないが、皇帝に服することはできるだろうと。 ナショナリズムとは、アイデンティティの多元性への信仰に他ならない。 何が国民を構成するのか、 例えば、言語か、それとも国家への所属か、生まれか、それとも信条か、 という点を巡っては、それぞれの国民の歴史と状況に応じて見方が異なるし、 ナショナリストの間でも見解が異なるのである。