ニッパーダイを読みながら31
発展途上国は、すでに発展を遂げた諸国に対して、 保護関税を通して、産業体制を護るべきとされる。 それは保護関税か自由貿易かという問題において重要な役割を果たす。 一つの考え方として、経済的な制度は、 そのつど一定の状況と関係しているのであり、 抽象化して演繹的に、解剖できるような「自然的」な事実なのではなくて、 歴史的・社会的・政治的・国民的な諸条件の文脈のなかにある文化的事実なのであり、 帰納的に、そして個別化することによってのみ把握できる、と考えられている。 民主主義的革命と産業革命という二重の革命とともに 静止的だった身分制社会が解体されて、ダイナミックな市民的社会が登場し、 変化と運動のプロセスへと変わっていく。 伝統と宗教の社会的規範は拘束力を失っていく。 マルクスの考え方によると、決定的なのは、法の平等ではなくて、 生産手段の所有者がスタート時から優位に立っていることであり、 そしてこの優位は発展の中でいっそう強まっていく。 マルクスの社会学的な分析は、社会的な諸条件の全体、 全体としての社会を目標とし、個々の領域や事態を孤立させて扱うことに反対する。 この社会学は、哲学の遺産、すなわち全体を把握する権限を引き継ぐのである。 人間は本来は、普遍性と全体性への素質を持っており、そう定められているはずだという、 独特なロマン主義的=終末論的な理念である。 愛情も芸術も自然な欲求も「金銭関係」「商品」となる世界で動いている。 ある物の「価値」、正確に言えば交換価値は、 その物に投入された平均的な労働時間に対応する(労働価値説)。 「賃金」は、労働力という商品の価値、 すなわち労働者の生活に必要な物品の価値に対応する。 しかし、市場で得られる生産物の価値は、投入された労働の価値よりも遥かに高く、 そこから有名な「剰余価値」が生じて、そしてそれは企業家のものとなる。 これが搾取の経済的な核心である。