十八史略の人物学より5

かつて韓信がひそかに反乱を策しているという情報を得た高祖は、
策で、韓信を生け捕りにしてしまったことを指しているのだ。痛烈なる皮肉である。
しかし、韓信は、いっこうにこたえぬ顔で鮮やかなころし文句をつかう。
「陛下は、兵卒の大将としては十万程度ですが、
しかし、立派に将軍たちの大将となる才能をおもちです。
のみならず、陛下という位は、いわゆる天下からさずかった運勢つまり天命であり、
人力の及ぶところではござらぬ」
高祖は、この「命がけのお世辞」に大満悦の態だったが、しかし、韓信の最後の一言は、
とりようによっては、「陛下などと威張りくさっているが、
ただ、運がよかっただけのことじゃないか」とも解釈できる。
これは漢民族のもっとも得意とする表現方法で、どちらが本心なのか、さっぱりわからぬ。
おそらく、韓信としては、精一杯の抵抗をこめたのではないか。

反乱を企てた韓信は、漢の高祖の妻、呂后に捕らえられた。斬られるとき、韓信は言った。
「おれはカイトウの計を用いなかったのが残念でならぬ。
あれを用いなかったために、このような女狐風情にあざむかれてしまった。天命じゃわ」
呂后は韓信の三族を根絶やしにした。
…漢の高祖、劉邦は韓信の殺されたことを知り、不安の種のなくなったことを喜びもしたが、
かつての交情や功績を思って、その末路を憐れみもし、呂后に問うた。
「韓信が死ぬとき、何か言ったのじゃろう」
「カイトウの計を用いなかったのが残念でならぬ。あれを用いておれば、
こんなことにはならなかったろううに、とまことに無念そうでございました」
「ふうむ、カイトウか。すぐ捕えろ」
ひっぱられてきたカイトウを前に引きすえた劉邦は、厳しい言葉を浴びせかけた。
「そちは韓信に謀反を勧めたか」カイトウはいっこうに悪びれない。

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