ニッパーダイを読みながら33
フランス革命以前の世界では、教会と宮殿が中心的な建築だった。
このような位階制的な秩序は解体されていく。
宮殿は、君主制の役割の変化に対応して、
自然で親密で個人的なもの、住みやすいものへと変化して、
権力の顕示という性格を失った。
一層、重要なのは、教会と宮殿だけではなくて、
劇場や博物館、美術館、コンサートホールなどが、建築の対象となっていくことである。
これらの建物は、芸術理念を表現している。
同様に、教育のための建物、大学やアカデミー、ギムナジウム、学校が加わる。
行政官庁、議会、市議庁舎が法律の重要性に対応して、建てられた。
郵便局や、都市の市庁舎、証券取引所も建てられた。
これら全ての建物は、公共的な威信への要求を目に見える形で示している。
単なる実際的な機能を超えて、畏敬の念を持って見られたいという望みと狙いを持っているのである。
戦勝門や解放記念堂や国民的記念碑が建てられ、
目に見えない理念を、疑似的聖地という目に見えるものにする。
新たな建築の対象となるものとして、公共の庭園、公園がある。
そして造園主はまだ君主や貴族だったとしても、庭園は市民のものとなる。
古典的な理想、とりわけギリシャ人の様式に立ち戻ろうとする動きが見られる。
建築史上の古典主義である。
簡素で、明晰で、厳密であること、
立法的で、水平的で、垂直体のコントラストの釣り合いが、この様式を特徴づけている。
この様式は元々は、封建的世界のバロック様式とロココ様式に背を向けたものであり、
市民的で一時は革命的な傾向も帯びていた。
ドイツ古来の様式、そしてその中でもロマン主義以来、大いに賛美されるようになった、
ゴシック様式が存在感を強めていく。
美は一つの歴史的な表現形式、ギリシャ人のそれにのみ限定されるものなのだろうか?
そうではなくて、歴史主義的であると同時に、反歴史主義的な見方だが、
素材や技術、気候的な条件が異なり、変化するのであるから、様式は所と時に結びついており、
それゆえ現在はギリシャ的な様式とは違う、独自な様式を必要としているのではないだろうか、
と問いかけられる。
ミュンヘンの古典主義は、ルネサンス様式、ロマネスク様式、初期キリスト教や、
ビザンツの形式を総合している。
様々な様式と向き合い、自分が建築したいと思う様式を造ることができるという、
かつてなかった状態にいるのである。
もはや拘束力のある建築上の決まりごとは存在せず、歴史によって相対化され、
歴史が伝えてきたものが、利用し得る対象となる。
古典様式、ゴシック様式、ルネサンス様式、この三つの様式を用いるのである。
さらには建築の民主化という要素も加わる。
かつて一つにまとまった位階制的だった社会では、
発注者の望む様式も限定されていたが、多数の発注者がいて、自由に競い合っている状態が、
建築の形式が多様性に富み、様々な様式が併存し、
あるいは様式が失われてしまうのを可能にするのである。
歴史を「引用」するのは、歴史化された建築物を通して、
感情的な要求の故郷となり得る場を造るためであり、
歴史を喚起することを通して、現実を人間性に結びつけ、
理念的なところまで高めるためである。
これらの建築は、伝統と連続性を護ろうとする試み、
産業化による伝統と安定性の喪失を埋め合わせるようとする試みを物語っている。
このような位階制的な秩序は解体されていく。
宮殿は、君主制の役割の変化に対応して、
自然で親密で個人的なもの、住みやすいものへと変化して、
権力の顕示という性格を失った。
一層、重要なのは、教会と宮殿だけではなくて、
劇場や博物館、美術館、コンサートホールなどが、建築の対象となっていくことである。
これらの建物は、芸術理念を表現している。
同様に、教育のための建物、大学やアカデミー、ギムナジウム、学校が加わる。
行政官庁、議会、市議庁舎が法律の重要性に対応して、建てられた。
郵便局や、都市の市庁舎、証券取引所も建てられた。
これら全ての建物は、公共的な威信への要求を目に見える形で示している。
単なる実際的な機能を超えて、畏敬の念を持って見られたいという望みと狙いを持っているのである。
戦勝門や解放記念堂や国民的記念碑が建てられ、
目に見えない理念を、疑似的聖地という目に見えるものにする。
新たな建築の対象となるものとして、公共の庭園、公園がある。
そして造園主はまだ君主や貴族だったとしても、庭園は市民のものとなる。
古典的な理想、とりわけギリシャ人の様式に立ち戻ろうとする動きが見られる。
建築史上の古典主義である。
簡素で、明晰で、厳密であること、
立法的で、水平的で、垂直体のコントラストの釣り合いが、この様式を特徴づけている。
この様式は元々は、封建的世界のバロック様式とロココ様式に背を向けたものであり、
市民的で一時は革命的な傾向も帯びていた。
ドイツ古来の様式、そしてその中でもロマン主義以来、大いに賛美されるようになった、
ゴシック様式が存在感を強めていく。
美は一つの歴史的な表現形式、ギリシャ人のそれにのみ限定されるものなのだろうか?
そうではなくて、歴史主義的であると同時に、反歴史主義的な見方だが、
素材や技術、気候的な条件が異なり、変化するのであるから、様式は所と時に結びついており、
それゆえ現在はギリシャ的な様式とは違う、独自な様式を必要としているのではないだろうか、
と問いかけられる。
ミュンヘンの古典主義は、ルネサンス様式、ロマネスク様式、初期キリスト教や、
ビザンツの形式を総合している。
様々な様式と向き合い、自分が建築したいと思う様式を造ることができるという、
かつてなかった状態にいるのである。
もはや拘束力のある建築上の決まりごとは存在せず、歴史によって相対化され、
歴史が伝えてきたものが、利用し得る対象となる。
古典様式、ゴシック様式、ルネサンス様式、この三つの様式を用いるのである。
さらには建築の民主化という要素も加わる。
かつて一つにまとまった位階制的だった社会では、
発注者の望む様式も限定されていたが、多数の発注者がいて、自由に競い合っている状態が、
建築の形式が多様性に富み、様々な様式が併存し、
あるいは様式が失われてしまうのを可能にするのである。
歴史を「引用」するのは、歴史化された建築物を通して、
感情的な要求の故郷となり得る場を造るためであり、
歴史を喚起することを通して、現実を人間性に結びつけ、
理念的なところまで高めるためである。
これらの建築は、伝統と連続性を護ろうとする試み、
産業化による伝統と安定性の喪失を埋め合わせるようとする試みを物語っている。