ニッパーダイを読みながら17

啓蒙主義の場合、人々は人類や世界市民の一員であったが、
ナショナリズムの場合、人々は国民の一員である。
ナショナリズムにおいては、個人を超える結合体との所属は、
身分、宗派、地域、部族、階級、政治的なイデオロギー、ではなく、
まさに国民なのである。
国民という政治的信仰の時代にあって、国民は宗教的な特徴を帯び、
未来、聖性、友愛、犠牲、殉教のような、宗教的な言葉が、国民と結びつけられる。
国民的なもののなかで、宗教的なものが世俗化され、
世俗的なものが神聖化されるのである。

ナショナリズムにおいては、第一に言語、第二に民族が見出された。

ロマン主義は、個別的で特殊なもの、民衆的で原初的なものへの転換を、
無意識的な「民族精神」へと強め、拡大し、完成させた。

歴史的に見れば、ドイツの近代的なナショナリズムには、
フランス革命という出来事が根ざしている。
1789年に、フランス王が統治する諸州に住む人たちは、
あらゆる地域的、身分的、宗教的な特殊性に背を向けて、
一つの国家の民としてまとまり、まさに自らを国民として構築した。
ジャコバン流の急進的ナショナリズムは全体主義的な特徴を帯びる。
国民の集合意識は、強制に訴えてでも、個人や少数派に対して、
貫かれなければならないとされる。

国民の名の下に、異端や多元主義、連邦主義や教会に対して、好戦的な態度が示される。
国民の理念は、多数決の原理にかつてなかったほどの新たな推進力を与え、
最終的には、外に向かって攻撃的で、伝道的で、帝国主義的な態度をとるに至る。
ナポレオンは、依然として国民的=ジャコバン的な民主主義の申し子だったのである。

国家国民は法的であり、
文化と民族の国民は、言語と共通の出自によって定められている。
国家国民と文化国民とが同一のものとなって初めて、
超個人的な共同体の中で、
人間の活動は真に正当化されるのである。

書物や芸術作品、建物、国民の偉人(ベートーベンなど)を称える記念碑は、
現在化された伝統である。