ニッパーダイを読みながら12
ニッパーダイによると、大衆貧窮の原因は、産業化された工業にあるのではなくて、
経済が停滞していて、労働力への需要が停滞していた状況で、
人口が増えたことにあった。
産業化された工業は、働き口を減少させるのではなくて増大させた。
しかし、産業化や輸入による競争、労働力の過剰という圧力は、手工業を圧迫し、
働き口を壊滅させた。
1845年から、さらに飢餓危機のなかで、しばしば暴動がおこり、
暴動はすべて軍によって鎮圧された。
しかし、各種の報告や調査は、大衆貧窮の凄まじさを白日の下に晒した。
慢性的な不完全雇用状態が起こっていたのである。
雇用と収入は不安定で、危急の場合に備えて節約するのは、収入状況から見て不可能であった。
下層民はその日暮らしを送っていたのである。
身分も土地もツンフトも持たない下層民は、伝統的な身分制秩序の規範から転げ落ち、
急進的な哲学者たちは、それを疎外という概念で説明した。
伝統の拘束から解き放たれることは、解放を意味したが、
しかし困窮には、モラルを衰弱させるという傾向も伴っていた。
社会的なヒエラルヒーのなかで、自分を従属的な存在と位置付けるのを自明なことと考える、
伝統的な考え方が依然として支配的であり、
彼らの規範はなおもキリスト教から決定的な影響を受けていた。
これに対して、社会問題を解決するという自由主義的、革命的なスローガンは、
市民階層の知識人たち、次いで外国に旅した手工業職人たちによって唱えられたが、
下層民に属するものではなかった。
このような下層民のなかから産業化の過程で、産業労働者が形成されてくる。
工場は、人間と時間との関係を革命的に変えた。
産業化以前の世界では、自然な時間が通用する。
一日の時間と一年の時間、天候と収穫・搾乳・炭焼き窯の見守りのような「自然」な仕事が、
時間を区分し、時間にリズムを与える。
どのような仕事であるかに応じて、一日は長くも短くもなる。
この時間のなかでは、労働と生活がほとんど分離されていない。
時間はまだ金になるに至っておらず、時間は近代的な意味では浪費される。
問屋制家内工業のシステムでは、待ったり、取りに来たり、運んだりするのに、
多くの時間が使われ、労働は不規則で、長かったり、短かったり、
早かったり、ゆっくりだったり、自由に定められていた。
製品が出来上がりさえすれば、それで良かったのである。
機械は、規則正しく動き、労働の分割と同期化を要求し、
そして工場主は労働力を時間単位で買って支払う。
時間は、技術的=産業的時間、均質で抽象的な時間となり、
経験されるものというよりは、測られるものとなる。
新たな時間は、労働が時間を厳守して、一定の状態で規則正しく行われることを求め、
休息を制限して固定化することを求める。
労働時間は生活の時間とはまったく異なるものとなる。
工場、学校では、時間は時計とシグナルで測られる。
それに対する批判と、ノスタルジーが生まれてくる。
近代人は、自分の時間を利用し尽さなければいけない、
いつも時間と競争しなければならないという不安に苛まれているけれども、
そのような不安のない、満ち足りた時間が流れる世界があるのではないかという思いが。
労働者は、固定された労働時間と、均等な密度で働くことに従わざるを得なかったし、
休む日を自分で選ぶことを諦めて、決められた一定の日数、中断なく働き続けなければならなかった。
その手段とされたのが、一方では、指示や監視や罰則であり、
他方では、勝手に職場を離れるのを阻止しようとした契約書であり、
さらには、賃金を低めに設定し、より多くの賃金を得られる見通しを与えることで刺激して、
恒常的な雇用関係を実現しようとした賃金体系だった。
時間と密接に関連しているのが、業績だった。
初期産業化の人たちは、怠惰と無気力、努力し、学ぼうという意欲の欠如、
労働モラルの乏しさが見受けられた。
大衆貧窮と、農村部での支えの消滅、業績水準への慣れと、個人としての野心が要因となって、
新たな動機付けと規律が浸透するようになった。
工場労働は、労働の分業を、同時に協業を含意する。
個人の労働過程と、プロセス全体の結果である製品とは互いに分離され、
満足感は喪失され、人間と労働と成果の関係における「疎外」が意味される。
集中すること、注意すること、規則的に繰り返す能力を持つことが、いまや重要な美点となる。
平均的な労働者、非熟練労働者は、容易に取り換えられる存在となる。
このように労働者が取り換え可能な存在になったということ、
労働が非人格化されたということ、それは労働の一つの新たな現実であった。
経営者と労働者との間は、よそよそしい関係となった。
労働者は契約のパートナーではなくて、実際には服従者であった。
指示と命令、処罰の厳しさと威嚇が、服従を確保した。
解雇という脅しは、賃金のカットと並んで、服従を強いる最も確実な手段となっていた。
工場長・職工長・組長・熟練工・非熟練工といった位階制が出現して、
指示を徹底して労働の効率をコントロールするようになった。
このような労働関係の即物化と非人格化、
企業家と労働者の間のモラル的な絆の解消は、
労働者が「搾取」されて人間としての尊厳を傷つけられている事態をもたらした。
プロレタリアートとしての階級意識が形成されていくのである。
経済が停滞していて、労働力への需要が停滞していた状況で、
人口が増えたことにあった。
産業化された工業は、働き口を減少させるのではなくて増大させた。
しかし、産業化や輸入による競争、労働力の過剰という圧力は、手工業を圧迫し、
働き口を壊滅させた。
1845年から、さらに飢餓危機のなかで、しばしば暴動がおこり、
暴動はすべて軍によって鎮圧された。
しかし、各種の報告や調査は、大衆貧窮の凄まじさを白日の下に晒した。
慢性的な不完全雇用状態が起こっていたのである。
雇用と収入は不安定で、危急の場合に備えて節約するのは、収入状況から見て不可能であった。
下層民はその日暮らしを送っていたのである。
身分も土地もツンフトも持たない下層民は、伝統的な身分制秩序の規範から転げ落ち、
急進的な哲学者たちは、それを疎外という概念で説明した。
伝統の拘束から解き放たれることは、解放を意味したが、
しかし困窮には、モラルを衰弱させるという傾向も伴っていた。
社会的なヒエラルヒーのなかで、自分を従属的な存在と位置付けるのを自明なことと考える、
伝統的な考え方が依然として支配的であり、
彼らの規範はなおもキリスト教から決定的な影響を受けていた。
これに対して、社会問題を解決するという自由主義的、革命的なスローガンは、
市民階層の知識人たち、次いで外国に旅した手工業職人たちによって唱えられたが、
下層民に属するものではなかった。
このような下層民のなかから産業化の過程で、産業労働者が形成されてくる。
工場は、人間と時間との関係を革命的に変えた。
産業化以前の世界では、自然な時間が通用する。
一日の時間と一年の時間、天候と収穫・搾乳・炭焼き窯の見守りのような「自然」な仕事が、
時間を区分し、時間にリズムを与える。
どのような仕事であるかに応じて、一日は長くも短くもなる。
この時間のなかでは、労働と生活がほとんど分離されていない。
時間はまだ金になるに至っておらず、時間は近代的な意味では浪費される。
問屋制家内工業のシステムでは、待ったり、取りに来たり、運んだりするのに、
多くの時間が使われ、労働は不規則で、長かったり、短かったり、
早かったり、ゆっくりだったり、自由に定められていた。
製品が出来上がりさえすれば、それで良かったのである。
機械は、規則正しく動き、労働の分割と同期化を要求し、
そして工場主は労働力を時間単位で買って支払う。
時間は、技術的=産業的時間、均質で抽象的な時間となり、
経験されるものというよりは、測られるものとなる。
新たな時間は、労働が時間を厳守して、一定の状態で規則正しく行われることを求め、
休息を制限して固定化することを求める。
労働時間は生活の時間とはまったく異なるものとなる。
工場、学校では、時間は時計とシグナルで測られる。
それに対する批判と、ノスタルジーが生まれてくる。
近代人は、自分の時間を利用し尽さなければいけない、
いつも時間と競争しなければならないという不安に苛まれているけれども、
そのような不安のない、満ち足りた時間が流れる世界があるのではないかという思いが。
労働者は、固定された労働時間と、均等な密度で働くことに従わざるを得なかったし、
休む日を自分で選ぶことを諦めて、決められた一定の日数、中断なく働き続けなければならなかった。
その手段とされたのが、一方では、指示や監視や罰則であり、
他方では、勝手に職場を離れるのを阻止しようとした契約書であり、
さらには、賃金を低めに設定し、より多くの賃金を得られる見通しを与えることで刺激して、
恒常的な雇用関係を実現しようとした賃金体系だった。
時間と密接に関連しているのが、業績だった。
初期産業化の人たちは、怠惰と無気力、努力し、学ぼうという意欲の欠如、
労働モラルの乏しさが見受けられた。
大衆貧窮と、農村部での支えの消滅、業績水準への慣れと、個人としての野心が要因となって、
新たな動機付けと規律が浸透するようになった。
工場労働は、労働の分業を、同時に協業を含意する。
個人の労働過程と、プロセス全体の結果である製品とは互いに分離され、
満足感は喪失され、人間と労働と成果の関係における「疎外」が意味される。
集中すること、注意すること、規則的に繰り返す能力を持つことが、いまや重要な美点となる。
平均的な労働者、非熟練労働者は、容易に取り換えられる存在となる。
このように労働者が取り換え可能な存在になったということ、
労働が非人格化されたということ、それは労働の一つの新たな現実であった。
経営者と労働者との間は、よそよそしい関係となった。
労働者は契約のパートナーではなくて、実際には服従者であった。
指示と命令、処罰の厳しさと威嚇が、服従を確保した。
解雇という脅しは、賃金のカットと並んで、服従を強いる最も確実な手段となっていた。
工場長・職工長・組長・熟練工・非熟練工といった位階制が出現して、
指示を徹底して労働の効率をコントロールするようになった。
このような労働関係の即物化と非人格化、
企業家と労働者の間のモラル的な絆の解消は、
労働者が「搾取」されて人間としての尊厳を傷つけられている事態をもたらした。
プロレタリアートとしての階級意識が形成されていくのである。