ニッパーダイを読みながら10

人びとがどう振舞うか、そしてそれを見張る村人の目といった、
これまでの慣習が、人々の態度を規定する。
そこから、保守的な側面、個人を前面に押し出さない側面、
感傷的でない即物的な側面が生じるのである。
慣習と家族と所有が、個人が規範から逸脱することを制限する。
新しいことを始めようとする人物、何事かを成し遂げようとする人物への反感には、
自分たちの世界を中心に考えようとする側面がある。
理念や原則、何かしら一般的なものではなく、
農家とは、農民の地域的な利害が、
世界に対する向き合い方の中心に位置しているのである。
農民の田舎じみた感覚、視野の狭さを、
知識人たちが雄弁に批判するのは、そこに起因する。

「国家」すなわち官僚制が、法律や、訴訟や、税金や、土地の収用(道路や鉄道の建設に際して)、
などの形を取って、「公益」が村にとっても利益になることを理解させる。
村は国家の世界に抗いながらも、その世界に次第に巻き込まれていくのである。

1848年の蜂起は、封建的体制に矛先を向けており、民主主義に接近していたけれど、
経済的=社会的な面では、農民たちの要求は保守的なものであった。
すなわち、彼らが求めたのは、生産性の向上と競争を旨とする資本主義経済ではなくて、
「正当な最低限の生活」を保障してくれるモラル・エコノミーだったのである。
それゆえ、農民たちはは反ユダヤ的で、反都市的だった。
自由主義や民主主義の合言葉ー市民権・憲法・国民ーは、彼らの琴線に触れるものではなかった。
彼らは「普遍的」身分としての解放的なプログラムではなくて、利害を主張した。
ある程度まで、彼らは左翼や右翼といった区別を超えるところに位置していた。
マルクスとエンゲルスは、農民は自分たちの局地的な利害のことしか、
念頭にないから、保守主義だと考えていた。