ロマネスク芸術とゴシック芸術、クリュニー修道会とシトー修道会

『ロマネスク芸術』の普及に主役を演じたのがクリュニー修道会であったのに対し、
『ゴシック芸術』において、重要な役割を果たしたのがシトー修道会である。

1150年ごろに全盛期を迎えた『ロマネスク芸術』と、
12世紀にそれを引き継ぎ、14世紀末まで続いた『ゴシック芸術』は、
年代学的にも地誌学的にも、切り離して捉えることはできない。

シトー会の厳格さは、この修道会に属するあらゆる建築にも表れている。
塔もポーチも造られず、建物を飾る彫刻も派手な彩色ガラスも排除された。
金色を仰々しく用いた絵で飾られたクリュニーの教会とは逆に、
シトー会の聖域は、白い石のままである。
しかし、この修道会も、発展拡大につれて、当初の厳格さを失っていった。

ロマネスクのフランスが封建制の多様性と結びついていたのに対し、
ゴシックのフランスはカペー的な中央集権制の刻印を帯びている。

北フランスで生まれたゴシック芸術は、13世紀じゅうに南フランスを征服した。
この同じ時期、『アルビジョア十字軍』を経て、
カペーの政治的権力が南仏に根をおろした。

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