十八史略の人物学より2
唐の太宗が臣下に聞いた。天下の経営を新しく始めるのと、 すでにできあがっているのを守っていくのとでは、どちらがむつかしいいだろうか。 とある部下は、創業の苦労をいやというほどなめているので、創業のほうが難しいと答える。 …しかし、一つのパターンがある。天下を平定しても、つい気がゆるんで、 酒池肉林の楽にふけるのである。 したがって守っていくほうが難しいのではないか、という部下もいる。 …太宗は語る。両人の意見は、まことにもっともである。 だが、いちおう天下太平となった今、創業の困難は過ぎ去ったとみていいだろう。 というのは、守成の時代にはいったという意味である。 これからは、諸侯とともに驕奢を戒め、慎重に一歩一歩、天下の基礎を固めていこうではないか。 たぎった時代、変革期、乱世にはたぎった人物が輩出する。 組織は否定され、今までの型にはまらない独立した創造的人物が輩出する。 ところが、このたぎった人物も、さて自分の事業を継がせる段になると、 自分と同じたぎったタイプは、絶対に選ばない。 一か八かの大勝負を張られ、失敗されて元も子もなくされてはかなわぬ、という心理である。 …創業の華やかさに比べて、守成は地味である。 それだけに、創業よりもむしろ守成に、忍耐と根気強さと人間的器量とが要求される。 新渡戸稲造は語る。勇気を修養するものは、進む方の勇ばかりでなく、 退いて守る力の沈勇もまた、これを養うよう心がけねばならない。 両者そろって、初めて真の勇気となる。 …范蠡は言う。金と名誉の両方を長い間独占していたら、必ず不幸のもとになる、と言って、 宰相の印を返し、財産を全部、縁故者にばらまき、大事な宝だけをもって、人目をさけた。