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共産党宣言より1

ブルジョアジーとは、雇用者のことである。 ブルジョアジーのもっとも根本的な条件は、私人の手中への富の増大である。 プロレタリアートとは、賃金労働者のことである。 ブルジョアは生産手段を持ち、プロレタリアートは自らの労働以外に売る者がない。 昔は原始共産主義社会だった。この原生の共同体が解体して、対立する諸階級へ分化した。 自由民と奴隷、貴族と平民、領主と農奴、ギルドの親方と職人、 つまり抑圧するものと抑圧されるものとは、つねに対立した。 ブルジョアジーは、人と人とのあいだに、ろこつな金勘定のほかには、なんのきずなをものこさなかった。 ブルジョアジーは、医者や法律家や僧侶や詩人や学者を、自分たちのおやといの賃金労働者にかえてしまった。 ブルジョアジーは、家族関係をただの金銭関係に還元した。 ブルジョアジーは、農村を都市に従属させ、未開国を文明国に、東洋を西洋に、従属させた。 フランス革命は、封建的所有を廃止してブルジョア的所有を実現した。 プロレタリアートは、産業革命によって発生した。 産業革命は、蒸気機関などの機械装置の発明によってひきおこされた。 これらの機械は大資本家だけが調達できた。機械はこの労働者が紡ぎ車でつくるよりは安価な商品をつくることができた。 こうして、これらの機械は、工業を大資本家の独占物にし、労働者のわずかな財産(道具)をがらくたにした。 労働は、ますます分割されるようになり、以前は一製品を完全につくっていた労働者も、 いまではこの製品の一部分だけをつくった。 この分業は、生産物を、いっそう急速に、したがっていっそう安価に、提供できるようにした。 プロレタリアの労働は、機械の普及と分業との結果、その独立性をまったくうしなってしまった。 プロレタリアは機械のたんなる付属物となり、きわめて単純単調な操作を要求されるにすぎない。